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農業へ思いを寄せて

歴史と伝統を受け継ぐ「富の川越いも」
──豊かな農地を守り、消費者と結び、体験学習も受け入れる

埼玉県三芳町
高橋 尚巳さん

2.富の川越いも

享保16年の飢饉がきっかけとなり、関東地方でもサツマイモの栽培が始まった

 かつてサツマイモは、飢饉の時に人々の命を救った大変ありがたい作物でした。関東地方にサツマイモが伝えられたのは、享保16年(1732)の飢饉がきっかけでした。

 川越城主松平大和守が、十代将軍徳川家治に川越地方でとれたサツマイモを献上したところ、色が美しく味もよかったことから「川越いも」の名が高まったといわれています。江戸では寛政年間(1789〜1800)に焼芋屋が繁盛していたことが知られており、当時の江戸っ子に最も好まれたのが「川越いも」でした。江戸の人たちは「川越いも」のことをしゃれて「十三里」とも呼びました。この呼び名の由来は、「栗(九里)より(四里)うまい十三里」ということで、川越から陸路13里で江戸に運ばれたからだといいます。

 高橋農園で栽培するサツマイモの主力品種は紅赤です。紅赤は俗称金時とも呼ばれ、中身が黄色でおいしく、正月料理には欠かせない食材です。市場で現在人気の高いベニアズマと比べて甘みが少ないといわれますが、味と香り、外観に優れ、舌ざわりがよく、火が通りやすく、天ぷらやきんとん、いもようかんなどに適しています。

「富の川越いも」としてブランド化された、幻のサツマイモ「紅赤」

 この紅赤は幻のサツマイモといわれ、明治31年(1898)に突然変異の鮮紅色の株が発見されたことに端を発します。偶然できた紅いサツマイモを食べてみたら、ホクホクして非常に美味しかったのです。川越地方ではいち早く生産され、やがて「川越いも」といえば紅赤をさすようになりました。紅赤はチッソを嫌うので、関東ロームの赤土に大変よく合う品種でした。現在では、高橋農園のある三芳町上富地区でわずかに栽培されるのみとなり、「川越いも」のなかでも別格の「富の川越いも」としてブランド化しています。

 現在市場に出回っているサツマイモの大半が、病気などに耐えられるよう品種改良されたものです。これに対して紅赤は、偶然できた品種なので、非常にデリケートな作物です。例えば、紅赤を栽培している畑で1回でも違う作物を栽培すると、次作で紅赤は育たなくなるのです。通常の栽培では、同じ畑に違う作物をローテーション(輪作)することで土のバランスを保ちますが、紅赤は連続して栽培(連作)しないと駄目な作物です。

 収量も改良品種のベニアズマと比べると2〜3割は少なく、収穫時期も霜が降りはじめる時期と重なるため、紅赤を栽培する農家は多くありません。しかし、品質の良い紅赤を作り続ける秘訣が、高橋家には代々受け継がれているそうです。


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