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農業へ思いを寄せて

歴史と伝統を受け継ぐ「富の川越いも」
──豊かな農地を守り、消費者と結び、体験学習も受け入れる

埼玉県三芳町
高橋 尚巳さん
屋敷林、農地、平地林が整然と区画されている三富新田

 武蔵野の面影を今に伝える三富新田は、江戸時代の新田開発当時の入植者とその後裔の営々たる努力により、豊かな農地がはぐくまれてきました。その地で、愛情を込めて栽培した新鮮な「川越いも」を、消費者にいちはやく提供する経営を実践しているのが、高橋農園です。

1.平地林、屋敷林の残る畑地帯

300年前に入植、10代目

入植以来10代目となる高橋尚巳さん

 三富新田とよばれる入間郡三芳町上富(旧川越藩上富村)は、埼玉県の南西部に位置し、東京都心から30km圏内に残された大規模な緑地帯の一角にあります。

 今から310年前の江戸時代、元禄7〜9年(1694〜1696)に、川越藩主柳沢吉保の命により開拓された三富新田は、屋敷地、農地、平地林が整然と区画され、平地林の落ち葉をたい肥として利用する、循環型農業が農家の手によって代々受け継がれてきました。

 高橋尚巳さんは、昭和46年に地元の埼玉県立川越農業高等学校園芸科を卒業すると同時に就農しました。高橋さんの先祖が現在の東京都青梅市からこの地に入植したのは約300年前のこと。高橋さんは10代目にあたります。現在は、奥さん、長男夫婦の4人で、約3haの畑に、サツマイモ、ホウレンソウ、コマツナ、ルッコラ等の有機栽培に取り組んでいます。

三富新田の歴史

 三富新田のある武蔵野台地は、関東ロームと呼ばれる火山灰が厚く堆積し、雨が降るとぬかるみ、乾燥すれば表土が風で吹き飛ばされてしまう、酸性のやせた土壌でした。新田開発で入植した農家には「1戸に3本ずつ楢苗を配布された」という言い伝えが残っています。

 入植当時はあたり一面の草原で、まず道路を敷き、その両側に入植者の屋敷が置かれました。屋敷の向こうには畑が開墾され、その奥に「3本の苗」に始まるコナラやクヌギを植えた平地林が形成されました。平地林、屋敷林、農地がつくられ、農業などを通じて人が直接関わることで、この地域の自然環境が形成されてきました。

 入植した農家に配分された土地は、幅40間(73m)×奥行375間(682m)という細長い短冊形に地割りされ、家と畑と平地林がちょうど一直線上に並ぶような配置になっていました。この地域の特徴である平地林は、有機質肥料となる落ち葉を生産し、冬場の強い風を防ぎ、薪や炭にもなり、農業や生活に不可欠なものでした。落ち葉でたい肥をつくり、やせた畑の地力と保水力を高め、土中の乾燥と過湿を緩和しながら作物を栽培してきました。

 300年以上の歴史を持つ三富新田の価値と魅力は、生活の場である屋敷地と生産の場である農地と自然の恵みをもたらす平地林、すなわち「生活・生産・自然」が一体となった独自の循環型農業と農村文化を形成してきたことにあります。屋敷地と農地と平地林が創り出す美しい景観は、先人の英知と努力により作り上げられ、歴史と文化によって支えられている武蔵野の面影として、今日まで伝えられてきたものです。


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