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農業へ思いを寄せて

農業と農家を楽しむ暮らし
──三世代現役で野菜農家を営む小寺さんの農業経営と思い

東京都清瀬市
小寺 義直さん

1.いのちを受け継ぐ農業を

三世代三夫妻六人が農業を営む

三世代現役専業

 「農業とは、家族が力をあわせて営む仕事と暮らし」。そんな言葉がふさわしい野菜専業農家を、武蔵野台地にたずねました。小寺義直さんと正子さん夫妻を筆頭にして、その後継者である正明さん夫妻と、さらに次の後継者である良治さん夫妻という、三世代三夫妻六人が営む家族経営の野菜農家です。

 小寺義直さん正子さん夫妻は、野菜づくり名人としても知られており、宅地化にともなって農地が縮小する東京で、高い品質の野菜づくりと専業経営を守っています。また、三世代が現役という家族農業経営は、全国的にみても多くはありません。その農家経営の秘訣はどこにあるのでしょうか。

義直さん・正子さん夫妻

農業と農家は楽しい

 「子どもの前では、農業が大変だというような弱音は口にせず、農業は楽しいものだと言うようにしていたら、実際に農業が楽しくなってきました」と、正子さん。野菜づくり名人にも、思うような収穫をあげることができなかった時期がありました。そんな時、収穫という結果だけを追い求めるのではなく、野菜づくりの過程そのものに喜びを発見するようになったと言います。

 「真夏の暑い日差しをやわらげるような夕立が降って、畑の土が黒っぽくうるおったところに野菜の芽が顔を出すと、一幅の絵のように見とれることがあります」。正子さんの農業に対する詩的なまなざしは、野菜に対する愛情と感謝のまなざしでもあります。

ホウレンソウの生育状況を見回る

芸術作品のような野菜づくり

 毎年11月に、明治神宮で開催される「アグリフェスタ」という農業祭があります。その年の収穫を祝い、自然の恵みに感謝する恒例の催しです。この「アグリフェスタ」は各地各JA主催の農業祭のなかでも、全都の中心的な位置づけを持っています。そして、この「アグリフェスタ」で実施される品評会で、義直さん・正子さん夫妻が出品する各種の野菜は、常に最優秀賞を受賞しています。

 小寺さん一家が栽培する野菜は、カブ、ホウレンソウ、ミズナ、コマツナ、ニンジン、サトイモです。このなかでも、金町コカブの系統をひくカブは、均整のとれた形のよい玉を真っ白い肌あいが包み、まるで芸術作品のような輝きがあります。また、色つやのよいホウレンソウは、見るからに栄養価が含まれて、おひたしにすると自然な甘みが口いっぱいにひろがります。土づくりに精を出した畑に育まれた、小寺さん一家の丹精こめた作品といってもいいでしょう。

先人の努力を引き継ぐ伝統野菜

滝野川ニンジン(長い方)と西洋種のニンジン
長ニンジンの畑

 このような小寺さん一家の野菜は市場でも特に評価が高く、野菜の小売業界から引き合いの声が絶えることがありません。しかし、義直さんは卸売り市場出荷を大切にしています。この卸売り流通が、江戸時代から続く青物市場の伝統でもあるからです。

 義直さんは江戸時代に開発された伝統野菜を大切にしています。滝野川ニンジンという長大ニンジンの栽培です。これは、中国大陸から渡来した東洋系品種に改良を重ねたもので、長くて大きいだけでなく、味と香りも良いという特徴があります。そのため、お正月のおせちに代表される和風煮物料理には欠かせないニンジンとして珍重されてきました。しかしながら、洋風料理とヨーロッパ系短根ニンジンの普及によって、生産量は激減しています。そうした食生活の変化のなかでも、良い野菜と和風料理が絶えることがないようにという願いが義直さんのこだわりでもあるのです。

担い手のバトンタッチ

 良い農産物を生産しつづけるためには、良い農地と優れた農業技術を伝承しなければなりません。義直さん・正子さん夫妻は、どのように世代のバトンタッチをしてきたのでしょうか。夫妻の言葉の一つひとつに、農家の哲学というべき心がにじみ出ます。「野菜づくりは子育てと同じ」、「農業は芸術」、「胎教は畑の土の上」、「子どもの前では農業が大変だとは言わない」など、野菜といういのちを育てる仕事の心得がそのまま次世代のいのちを育てる哲学になっています。

 そのなかでもとりわけ印象深いのは、「不足を持て」という言葉でした。これは、いのちを受け継ぎ、健康で農業を営むことが第一に大切なことで、立派な家や高価な着物が不足しても構わないではないかという考え方です。いわば、「すべてに満足を求める生き方」ではなく、大切なものの順序を自覚する「不足を知る生き方」といってもよいでしょう。


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