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はじめに

農業体験・田んぼフィールドを授業に

福田 恵一

2.農と食を考える――職場訪問とクラスなべ

 毎年の職場訪問のなかでも、「食と農」に注目し、多くの農家を訪問したのが、2002(平成14)年の「職場訪問とクラスなべ」の取り組みでした。

「行かせたい」職場を体験させる

 職場訪問・体験では一般に、子どもたちの希望(どんな仕事について訪問・体験したいか? 将来に向け興味のある職業?)が訪問先としてどれくらい生かせるかが話題となります。そのため、子どもたち一人一人に自分で職種や訪問先を考えさせている学校もあると聞きます。

 しかし一方で、子どもたちの仕事・職業観は年をおって脆弱となってきているように感じます。八百屋さんは「野菜を売っている」(その意味ではスーパーのレジとかわらない)、博物館は「どこかで珍しいものを買ってきて展示している」といった程度のイメージしか持っていない子どもたちが増えています。

 さらに世の中の「働き方」の変化(終身雇用制がくずれ、契約社員・パート・アルバイト労働があたりまえになりつつある)もあいまって、仕事・職業観そのものがゆれ動く時代に入ったとも言えそうです。そうしたなか、子どもたちの希望する職種・職場をそのまま訪問させることが、子どもたちの仕事・職業観の成長をも見すえた職場訪問・体験になりうるのか、疑問になることもありました(だからこそ職場訪問・体験をさせる必要があるという意見も、もちろん理解できます)。

 そんな思いから、思いきって「行きたい職場より、行かせたい職場へ」と発想をかえ、自分らしく生きることと仕事(職業)とが大きく重なり合うであろう職場だけを職員側が用意し、そこを訪問させることで子どもたちの仕事・職業観に少しゆさぶりをかけてみよう、と考えたのものが、この「職場訪問とクラスなべ」の取り組みでした。

訪問先は食と農に限定

 まず訪問先としては、子どもたちが親しみやく、そこからいろいろなことを考えるきっかけとなるであろう「食」に関連し、仕事にこだわりのある職場を考えました。すなわち、それは、都市近郊の農家であり、そして地域の野菜・魚・精肉などの小売店、豆腐・しょうゆ・ハムの地元の加工業者です。

 これらの仕事(職場)に共通するのは、地域に深く根ざしていること。それに、大きく儲けることはなくても品物や仕事、お客さんとの交流にプロとしての誇り、こだわりやノウハウを持っていることであると考えました。

 子どもたちがそれらの人々に接することにより、仕事・職業観だけでなく、すでにその中にどっぷりとはまっている消費者としての感覚(それは多くの場合、できあいのものがスーパーやコンビニでいつでも手に入る、といった大量消費型の感覚?)も揺さぶることができるのでは、と考えました。

職場訪問は午前中だけ

 訪問は、午前中半日とし、生活班(5〜6人男女混合で、クラス6班)で行ないました。まず、各クラス2班は地元の農家へ、別の1班は八百屋、1班は精肉店、残り2班を魚・鰹節店、豆腐・しょうゆ・ハムなど地元の加工業に割りふりました。

 たとえば、あるクラスは、1班市内O精肉店、2班が市内Y鮮魚店、3班が車で野菜を販売する八百屋のSさん、4・6班が地元の農家、そして5班が隣の福生市の造り酒屋T酒造を訪問しました。

 これらの訪問先は、学年の職員が手分けをし、通勤中に見かけた店にとびこんでお願いしたり、タウンページ(電話帳)で調べて電話でアタックしたりして連絡をつけ了承を取り付けました。「駅前の路地を入ったところに小さな八百屋さんがあったんじゃぁ」、「タウンページで見つけた豆腐屋さんに電話したけど断られちゃったよ」。こうした会話が一時職員室で飛び交い、そうしたなかでまず、職員の意識が、ただ「職場訪問をする」といったものから「こだわりのある店・農家に行かせたい」に変わってゆきました。職員の意識が変わることは、取り組みをいっそうイキイキさせてゆく原動力となります(農家については、知り合いにお願いしたり、市の農業委員会に紹介をお願いしたりしました)。

朝6時から青果市場へ

 学校のすぐ近くの移動八百屋のSさんを訪ねた班は、朝6時集合、市場での仕入れから見学させてもらいました。時期や天候によって野菜や果物の産地がかわること、品物によって保存やパックの仕方が違うこと、よい品物を見分ける眼力、値段のつけ方……。

 魚屋さんは、冷たい水との戦いです。それが魚の鮮度を保つための大切な要素であることを知りました。そして、魚を瞬時に同じ大きさに切り分ける技術の巧みさ……。

 小売店の持っているプロの技、お客さんとのコミニケーションを大事にしていることにはおどろかされます。

 野菜農家では、年間の作業の話などを聞きながらサトイモ・サツマイモ掘り、コマツナ・ダイコン・ネギの収穫を、園芸農家ではパンジーの箱詰め、シクラメンの肥料やりなどを体験させていただきました。自分の住んでいる地域で、いろいろな野菜・花などがつくられていることは、多くの子どもたちとって驚きだったようです。

ゲットした食材でクラスなべ

 また、子どもたちは訪問先で「食材」を調達します。あらかじめクラスごとに訪問する農家やお店の商品からできそうな「なべ」を考えさせ、それにあった「食材」をゲットしてゆきます(いただけるものはいただき、買うものは買う、ということにし、どうしても不足する食材は、地域の農産物直売場で買ってよいことにしました)。

 そして午後は、それぞれがゲットした「食材」を持って、多摩川のデイキャンプ場に集合です。そこでは各クラスのお母さんたちが市のスポーツセンターから借りたキャンプ用の大鍋にお湯を沸かして待ちかまえています。

 そしていよいよ「クラスなべ」づくりの始まりです(子どもたちはおにぎりだけを持参)。

 1組は、オーソドックスなトン汁。あまりの量の多さに、途中でお母さんが家から大鍋をもう一つ持ってきてくれて2なべ分をつくり食べました。2組は、魚屋さんでゲットしたタイ、ホタテなども入れて、いい出汁のなべになりました。3組は肉ダンゴやニラまで入った本格的なキムチなべ、最後はうどんを入れて2回戦目まで食べました。

 このクラスなべづくりが職場訪問とうまくリンクするのか。これは職員のなかでも議論が分かれるところでしたし、午前中だけの訪問・体験で何がわかるのか、といったおしかりを受けたこともありましたが、せっかく「食」にこだわるなら、と思い切って実施に踏みきりました。

 考えてみれば、肉や魚、豆腐、野菜類は、商品にこだわりをもった小売店、手作り工場、または農家直送のもの、しかも出汁はすべてのクラスが鰹節専門店から取り寄せた最高級の鰹節を入れたのですから、まさに最高級の「食材」を使ったぜいたくななべ。おいしくないはずがありません。どのクラスも「おいしい、おいしい」とおかわりの連続でした。

 もちろん、後日職場訪問についてはポスターセッションによる発表を行ないました。そこには「専門店のプライド」、「ていねいにつくってていねいにうる」、「豆腐に命をかけるおじさん」……と、それぞれの農家、小売店のこだわりを感じさせるキャッチコピーが並びました。

 この取り組みを通し、子どもたちは、大量生産・消費には必ずしもなじまない農家の仕事のおくゆきの深さ、小売店の持つ品物に対する鑑定眼やノウハウ、地場産業の地域へのこだわりなどを感じ取り、さらに地域を見直す目も養われたように思っています。


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