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(1) 普通科生徒の栽培実践と教育的効果
(2) 高校生の「心の居場所」と園芸植物
(3) 学びを生かす「農業教育と園芸療法ボランティア」
出典 『農業学習の教育効果に関する総合的研究』
執筆 高柳 真人(高知大学教育学部)
協力 日本農業教育学会

1 安全への欲求と自己実現

(1)自己実現の2つの側面

 平成9年に出された中央教育審議会の第二次答申には、「子どもたちは、教育を通じて、社会の中で生きていくための基礎・基本を身に付けるとともに、個性を見出し、自らにふさわしい生き方を選択していく。子どもたちは、こうした一連の過程で、試行錯誤を経ながら様々な体験を積み重ね、自己実現を目指していくのであり、それを的確に支援することが、教育の最も重要な使命である」という記述がある。
 自己実現とは、自らの可能性を最大限に発揮して生きていくことと定義づけられようが、このなかには、「社会の中で生きていくための基礎・基本を身に付ける」社会化という側面と、「個性を見出す」個性化という側面が含まれていると解することができる。したがって、自己実現とは、自らの個性を生かしつつ、社会の一員としての大人になっていくこと、すなわち、社会化と個性化を統合した人格の完成へと向かう過程とも解することができる。教育の目的を人格の完成と考えるならば、このような子どもの自己実現の支援を行うことは、学校教育に携わるものにとっての重要な課題であると考えてよい。

(2)自己実現の欲求をもつための前提条件

 子どもの自己実現を支援するということを考える際、子ども自身が自己実現に向かう欲求を持っていることが、内発的動機付けとして重要な役割を果たす。A.H.Maslowによれば、自己実現の欲求とは、「安全、所属、愛情、尊敬、自尊心に対する基本的欲求を十分に満たしている」人が持つ「自己実現への傾向」、すなわち、成長動機に基づく欲求であるとされている(注1)。
 逆に言えば、自己実現の欲求は、いわゆる欲求階層説として知られているように、「通常、生理的欲求、安全欲求、承認の欲求が先立って満足された場合に、それを基礎としてはっきりと出現する」と考えられている(注2)。つまり、自己実現の欲求が出現する前提として、生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求といった欠乏動機(たとえば、愛情といった、そのものの欠乏を満たそうとして動機づけられるような動機)に基づく諸欲求の充足が必要だということである。Maslow自身、安全欲求の優位性ということを述べているが、実際、安心感や精神的なゆとりがなくては、自分の可能性を発揮して生きていこうという、より高次の欲求は起こってこないのではないかと思われる。したがって、安全欲求の充足を、自己実現の欲求が出現する前提条件と考えるMaslowの欲求階層説には、一定の妥当性が認められると考えてよい。
 したがって、この考えに従えば、子どもが自己実現の欲求を持つために教師や学校ができる支援策の一つとして、自己実現の欲求が出現する前提となる欠乏動機にかかわる諸欲求を満たすような支援をすること、より具体的には、そうした場面や場を用意することが重要な課題になると考えられる。

(3)心の安全基地

 ところで、Maslowの欲求階層説の最も基底をなす、飢えや乾き、睡眠といった生理的欲求を満たすことは、家庭の果たす役割が大きく、学校においては、その次の段階に当たる安全欲求を満たすことが、欠乏動機に基づく欲求のベースになるのではないかと考えられる。
 しかし、現在の学校には、いじめや校内暴力、学級崩壊などといった「荒れ」の問題をはじめとして、受験や友人関係といった学校生活上の問題など、子どもにとってストレスの多い状況があり、少なからぬ子どもにとって、学校が必ずしも安心して通える場になっていないのではないかと考えられる(注3)。安全欲求を満たすことが、子どものストレスを緩和したり、活動のエネルギーを補充するだけでなく、自己実現欲求の発現にもつながり得るものであるとすれば、乳幼児期から、家庭が子どもにとっての心の安全基地であることが期待されるように、児童・青年期において、学校もまた、心の安全基地としての役割を果たすことが求められる。
 今日、社会や教育の分野で子どもの「心の居場所」が関心を集めているが(注4)、それを、子どもが守られ、安心して過ごせる環境であると考えると、「心の居場所」をMaslowのいう安全欲求が満たされる場として理解することに無理はないと考えられる。
 本稿では、こうした「心の居場所」をいかにすれば子どもに提供できるのかということを、園芸植物とのかかわりで考えていきたい。筆者は、かつて高校に勤務していたので、これまでの高校での実践、調査結果などを踏まえながら、特に高校生の安全欲求の充足、すなわち「心の居場所」作りのためにできることという視点から検討していく。

2 高校生が「安らげる場所」と園芸植物

 筆者が高校に勤務していた平成11年に、園芸デザイン分野の授業を受講した高校生42名を対象に、高校生が「安らげる場所」に関する調査を行った(注5)。Maslowいうところの安全欲求を充足する場を「安らげる場所」とし、そのイメージを、高校生に、説明なども添えて簡単に図で示してもらった。すると、自分の部屋や布団の中、家など「自分の家」と回答したものも3割程度と相当数存在したが、図の要素として樹木や草原といった植物イメージを挙げたものがさらに多く、5割を超えた。
 調査前には、高校生にとっての「安らげる場所」としては、友人と和気藹々と過ごす場面の回答が多いのではないかと考えていた。しかし、誰かと一緒にいるのではなく、自分ひとりの場面を挙げたものが多かったこと、また、植物の存在を取り上げたものが多かったことが、学校でも、園芸植物を利用した「安らげる場所」作りができるのではないかと考える契機となった。
 安らげる場所のイメージ調査は平成14年まで続けられ、平成11年のデータも合わせて、最終的には111名のデータが得られた。詳細な分析は他の機会に譲るが、園芸植物とのかかわりについて言えば、111名のうち、芝生や草原、花畑や樹木、森といった植物に関するイメージを挙げた者が37名おり、全体の33.3%を占めた。園芸デザイン分野の選択科目受講生であることも考慮に入れる必要があろうが、100名を超える高校生の調査で、3分の1の生徒が植物のある環境を「安らげる場所」として回答しているのは、注目に値する数値であると考えられる。この調査で得られた回答のいくつかを図1に示す。
 今日、園芸療法が注目を集めたり、高等学校の農業教育に科目「生物活用」が設置されるなど、園芸植物のメンタルヘルスに及ぼす効果が注目されてきている。お見舞いに花を持っていったりということも、その一つの現れであろうが、「安らげる場所」の調査結果からも、高校生の安全欲求の充足という意味での「心の居場所」作りに、園芸植物が何らかの役割を果たし得るのではないかということが考えられる。
図1 高校生が安らげる場所のイメージ
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