農業体験学習ネット
その他
体験学習 実践・研究報告のトップへ
(1) 農山村フィールドワーク体験による農業・環境学習
(2) 触覚に注目したブルーベリーの目隠し収穫体験プログラム
(3) 食農教育から生まれる教育的効果に関する
(4) 地場産学校給食を入り口に幼稚園も小学校も積極的に食農教育
(5) 連携してここまで高めた小学校の「総合的な学習」と農高の教育力
(6) 生活文化の語り部・農村の高齢者
(7) 教育にとっての家畜の活用
執筆 滝坂信一(独・国立特殊教育総合研究所)
 もともとわが国の幼稚園や保育園,小学校にはウサギ,チャボ,アヒルなどの動物が普通に飼育されていた。また,日常生活のなかに子どもたちが家畜に触れる環境はいくらでもあった。しかし,教育の世界に家畜という観点から動物が入り込むということは,決して一般的ではなかった。以下では,学校教育における動物飼育の意味と絡ませながら,「教育における家畜動物」についての今日的意義を考える。

1 学校での動物飼育

 岡山市立開成小学校(http://academic1.plala.or.jp/kaisei/index.htm)のインターネットホームページ(以下,HP)を見ると,同校には「開成小ふれあい動物ランド」があり,〈金ケイ,チャボ,七面鳥,クジャク,ウサギ,マガモ,ヤギ,ウコッケイ,ガチョウ,ホロホロチョウ〉が飼育されていると紹介されている(第1,2図)。まず驚くのは,その動物種の多さである。
 飼育の目的は,
1) 命の尊厳さ,神秘さに気づいて命を大切にする心を養う。
2) 肌で動物に触れて,温かさを感じることによって,互いの連帯感,人類愛,生物への親しみを感じる
3) 世話をすることにより,勤労意欲や労働の大切さを知る。
とHPに書かれている。
 中央教育審議会答申「新しい時代を拓く心を育てるために-次世代を育てる心を失う危機-」(1998)は,教育について次のような提言を行なっている。
「子どもたちが身に付けるべき「生きる力」の核となる豊かな人間性とは,
1) 美しいものや自然に感動する心などの柔らかな感性。
2) 正義感や公正さを重んじる心。
3) 生命を大切にし,人権を尊重する心などの基本的な倫理観。
4) 他人を思いやる心や社会貢献の精神。
5) 自立心,自己抑制力,責任感。
6) 他者との共生や異質なものへの寛容。
などの感性や心である」と述べている。
 開成小学校の動物飼育に関する3つのねらいはこの内容に対応しており,現在動物飼育を行なっている多くの小学校で考えられているねらいと共通していると考えてよい。この取組みは,「学校は,子どもたちに何をどのような形で提供する場としてあるのか」について行なわれている一つの問題提起である。そして,この実践は学校が「知識偏重」の教育を見直す必要に迫られているということ,これら1)〜6)に挙げられた内容を育む環境が家庭や地域社会において脆弱になってしまったために,学校が意図的に引き受けざるを得なくなっているということ,そしてその一環として動物飼育が導入されているということを意味している。
図1
 
図2

2 他の生命存在とともに暮らす

 戦後社会は,機能的な側面や効率を重視して〈生産―流通―消費〉というシステムを整備し,消費者には口に入る食物の元の姿は見えなくなった。魚は切り身でしかなく,肉は部分にさばかれてパック詰めされ,私たちが食として他の生命をとり込むことによって自らの生命を得ていることを実感する機会はほとんどなくなってしまった。言い換えれば,生命と食が分離し,生命は観念的なものになってしまった。また,核家族化や少子化の進行によって,兄弟姉妹の誕生や親族の死の場面に遭遇することも少なくなった。
 子どもたちは「愛される」「世話をされる」という経験はあっても,育ちのなかで自分自身が他の存在を「愛する」「世話をする」という経験をもつことが非常に難しくなっている。また,相手を変える(変えさせる)のではなく,こちらがあり方を変える(調整する)ことによって,相手とのよい関係をつくるという体験を得ることが難しくなっている。すなわち,地域社会のなかに,子どもの精神生活を育む人的なまた環境的な条件自体が解体してしまったのである。
 飼育されている動物は,自力で生きていくことができない。えさをやることも,飼育舎を掃除することも継続的な取組みを必要とする。動物を飼育することは,子どもたちに〈「不自由」=思うようにならない〉体験を強いる。動物の飼育は,相手である動物に,飼育する側が合わせていく,言わば「添っていく」行為にほかならない。飼育動物たちはその存在を飼育者に保護され,生命の依存を基盤に生活している。自らが依存される体験をもつことが非常に難しくなっている子どもたちにとって,動物を飼育する経験は大きな意味をもっている。

3 細分化された学習から「総合化」された学習にかかわる家畜たち

 「子供に[生きる力]と[ゆとり]を」とした中央教育審議会(第一次答申,1996)は,これからの学校が目指す教育として,「[生きる力]の育成を基本とし,知識を一方的に教え込むことになりがちであった教育から,子供たちが自ら学び,自ら考える教育への転換を目指す。そして,知・徳・体のバランスのとれた教育を展開し,豊かな人間性とたくましい体をはぐくんでいく」とした。そして「[生きる力]が全人的な力であるということを踏まえると,横断的・総合的な指導をいっそう推進し得るような新たな手だてを講じて,豊かに学習活動を展開していくことがきわめて有効であると考えられる」として,〈横断的・総合的な学習〉を推進する必要があると述べている。
 以下に,家畜の飼育を通して行なわれた〈横断的・総合的な学習〉機会を提供したといってよい教育実践例を挙げる。

(1)開成小学校のアイガモ農法

 平成12年度,5年生の子どもたちがアイガモ農法に取り組んでいる。発端は,社会科の学習のなかで「自分たちの手でお米づくりがしたい」という声が起こり,話し合った結果,「福祉に役立つお米にしよう」と意見がまとまったことだという。さらに,安全な,すなわち無農薬の米にしようということになり,子どもたちはアイガモ農法に挑戦することになる。
 話し合いから,
田んぼを借りる
苗を手に入れる
電気柵を取り付ける
ひなを取り寄せる
卵を取り寄せる
とり小屋をつくる
といった計画が出され,地域の方から田を借り,アイガモの卵からひなをかえすところから活動が始まる。
 春,子どもたちは田植えをし,孵卵器を借りてきて教室で卵から7羽のひなをかえす。さらに21羽のひなを取り寄せ,自分たちで外敵からひなを守り,さらにひなが逃げ出さないように電気柵を取り付け,大きなとり小屋をつくる。夏休みには,世話当番を決めて毎日えさやりをしている。
 名前までつけられたアイガモたちの「仕事」によって,子どもたちは秋に,4aの水田から240kgの米を収穫することになる。その米は「うまい安全カモバンザイ」と名づけられて1kgずつ袋詰めされ,家から持ち寄った不要品の販売も含めた「5年生のアイちゃん市場」フリーマーケットを開いてかなりの収益をあげる。また,米は地域のお年寄りや施設のお年寄りに配ったり,保護者やお世話になった人を招いての「おにぎりパーティー」を開いている。この取組みの経過は,開成小学校のHPに克明に記録されている。
 この子どもたちは,6年生になった平成13年度にもアイガモ農法で紅米,黒米づくりに取り組んでいる。
 
図3 開成小学校のアイガモ農法

(2)長野県伊那小学校の飼育活動

 伊那小学校では,総合学習や総合活動の場所としてつくられた「ともがき広場」にヤギやヒツジを飼育している(研究紀要「うちから育つ」平成10年度)。平成10年度には2年生が豚の飼育に取り組んでいる。24kgの牝豚を借り受けて育て,発情を経て出産準備に至るまでの飼育に取り組んだ。そこには,季節に合わせた飼育場所の工夫から健康管理,これらを行なうのに必要となった体重測定や飼育の資金集めなどに伴う計算や,豚の提供者であり飼育の相談相手である畜産家とのやりとりに必要となった手紙書き,また「ブタさんの歌づくり」や絵画などさまざまな学習過程が生まれ展開されている。
 また,特殊学級の子どもたちが取り組んだポニーの飼育は,一人の子どもが「ともがき広場」でヒツジに乗ろうとしてかなわなかったことがきっかけになっている。子どもたちは,以前に行ったことのある牧場にポニーを貸してもらえないかと手紙や絵を書いて借り受けることになる。そして,えさや水をやり,ブラッシングをし,馬糞を片付け,乗るなかで,ポニーへの愛着が表現や観察する力を育て,文字や数量,時間の学習を動機づけていく(第4図)。いずれも,子どもたちが地域の人々に働きかけ,提供や貸与を受けた動物たちである。
 平成13年度には,2年生が「ヒツジさんと気持ち良く生活できるようにしよう」をテーマに,夏休み明けから「太陽」「ゆうき」「孝ちゃん」と名づけた3匹のヒツジを飼育し始めている。子どもたちは,この取組みのなかで,なかなか思うように散歩してくれないヒツジたちにどうしたらいいのか頭を悩ませ,工夫していくことになる。
 この学校には,「子どもたちの意識から離れたところでの〈材〉で総合的な学習を立ち上げることはできない」という認識が基盤にはある。
 これら2つの実践をたどって気づくことは,子どもたちが出会った家畜動物に強く惹かれていくという事実であり,そこから生まれた子どもたちの発想と意欲が重視され,それが活動と学習の出発点になっていることである。活動が始まり,次々と子どもに課題を投げかけていくのは家畜の存在と触れ合いそのものであり,課題に気づくのは子どもたち自身である。教師におおよその見通しはあっても,そのつど生じる個々の課題はあらかじめ予測できず,答えもあらかじめ準備されていない。子どもたちはアイガモを,豚を,ポニーを見つめ,育てたい,触れ合いたいという意欲に導かれながらさまざまな学習機会を得ていく。この学習形態は教科書では決して実現しない。
 
図4 伊那小学校の飼育活動
戻る 進む
 
農業体験学習ネット
このコンテンツのすべての画像、文字データについて無断転用・無断掲載をお断りいたします