農業体験学習ネット
タイトル

はじめに

いま、農業に新たな光が

蕪木 豊(食と農の応援団)

1 農への関心の高まり

 最近、新聞やテレビでも報道されているように、農業に関心を持つ若者が増えてきています。

 有機農業や減農薬栽培を実践している篤農家の門をたたく若者や、農業生産法人で働く若者が着実に増え、各地で行われている就農相談会や就農準備校への問い合わせの中にも、若い人々の姿がみられるようになってきました。

 また、農林水産に特化した求人サイトへの求職者の登録の拡大も含め、他産業から新しく就農を希望する農業回帰の動きも全体として強まってきています。

 これまで、農家以外の人々が農業に就業することは、特に耕地の確保を中心にさまざまな困難な面がありました。しかし、今わが国の農業は高齢化、後継者不在による耕作放棄地の動きなどにより、人手不足や耕作地の流動化等の現象も起こってきています。

 こうした中で、他産業からの農業への参入やスーパー・食品産業等の自社による農産物の直接栽培方式の導入、農業生産法人の誕生などにより、新たな就農の場も広がってきています。いずれにしましても、人々の食の安心・安全、健康の維持増進、食の確保等の問題意識が高まる中で、自分たちの食べる食物を供給する農業への関心はこれまで以上に広がってきているといえましょう。

2 全国各地で教育ファームの取組や食育推進運動、グリーンツーリズム推進活動等が活発に展開

 ここでは、いま、全国的な規模で展開されている農に関する新たな動きについて、特に3つの大きな運動を紹介したいと思います。

(1)教育ファームの取組

 各学校で農業体験学習を進めようとするとき一番問題になるのは、耕作地の確保であり、技術指導の問題です。学校内に耕地を確保するのが困難な場合、近隣の農家の協力なくしては実現できません。そこでいま国が音頭をとって全国各地で「教育ファーム推進」の運動を展開しています。

 平成17年6月に制定された『食育基本法』では、「農林漁業に関する体験活動等が食に関する国民の関心及び理解を増進する上で重要な意義を有する」と謳っています。それを受けて、平成18年3月に決定された『食育推進基本計画』では、農林漁業者やその関係団体は、学校関係者と連携をし、教育ファーム等様々な農林漁業体験の機会を積極的に提供するように努めることとされ、「教育ファームの取組がなされている市町村の割合を平成22年度までに60%以上とすることを目指す」と数値目標が示されました。

 「教育ファーム」とは、自然の恩恵や食に関わる人々の様々な活動への理解を深めることなどを目標に、市町村、農林漁業者、学校などが農作業等の体験の機会を提供する取組のことをいいます。

 児童生徒が実際に農林漁業を営んでいる方の指導を受ける中で、生産者の方々がどのような思いで、どのような作業をして、どのように作物を作られているのか、そういったことを聞き、作業をする中で食への理解、農林漁業への理解を深めていこうとするものです。

 そのモデル事業として、平成20年度からは農林水産省の補助事業「教育ファーム推進事業」(事務局農山漁村文化協会)が、公募により全国139の協力団体を選定して始まりました。平成21年2月には早くもその成果発表会が行われ、体験活動の「効果」の検証や、今後の推進・拡大に役立つ参考資料の作成などを行っています。このように、いま国、県、市町村や、JAをはじめとする民間団体において様々に教育ファームの実践が行われています。

〈「埼玉県みどりの学校ファーム」推進取組の例〉

 埼玉県では平成20年度から、食育の推進、学校教育における体験活動の増進、農地の有効活用という一石三鳥の取組として県農林部と教育局が連携し、平成23年度までに全公立小中学校を対象に、1校1農園を目指して「みどりの学校ファーム」の取組を推進しています。

 これは、◎通学沿いなどで学校の近隣の農地を活用して、植え付けから収穫までの複数の生育過程を学ぶというもので、推奨する広さは約10アール程度。◎近隣に農地がないなどやむをえない場合は(1)郊外の農地を活用して行う学校外農園 (2)プランターやバケツなどの利用や敷地の一角を農園化し作物の栽培体験を行う学校内農園を設置するというものです。

(2)食育推進運動の展開

 生涯にわたって健全な食生活を実現することにより、心身の健康と豊かな人間形成に資するため「食育推進基本計画」に基づき、現在「食育の推進」が各地で国民運動として展開されています。

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 「食育」とは、食料の生産から消費にいたるまでの「さまざまな体験を通じて『食』に関する知識と『食』を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てる」ことと「食育基本法」で記されています。

 近年、メタボという言葉が流行ってきましたが、これはメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の略語で、食の洋風化によって栄養バランスが崩れ、ごはんなどの炭水化物の摂取が少なくなり、脂肪の摂取量が増加して、肥満と判定される現象を言います。

 日本人の栄養バランスは昭和50年ごろが、炭水化物、脂肪、たんぱく質のバランスがとれ最も適正な食生活をしていたと言われ、食生活を見直し伝統的な食生活を取り戻していく必要があります。

 平成12年に当時の文部省、厚生省、農林水産省によって、健康で豊かな食生活の実現を目的に「食生活指針」が策定されましたが、さらにより具体的な行動に結びつけるものとして、「何を」「どれだけ」食べたらよいかの目安を分かりやすく示した「食事バランスガイド」が平成17年に厚生労働省と農林水産省の決定で作成されました。

 食育推進運動の大きな柱は、ごはんを中心とした「日本型食生活」の実践の必要性を訴え、一人一人に自らの食について考える習慣を身につけるようにするところにあります。また同時に、自分が食べる食がどのようにして作られ、どのようにして自分のところまで運ばれてくるのかを知って、食の安全性や食文化、地域の食材に対する関心を深め、地産地消の意義を正しく理解するようにしていくところにあります。

 このように現在行われている食育推進運動は、従来行われてきた栄養を中心とした食に関する学習だけでなく、その食材がどのようにして作られるかの体験活動までも含む、幅広い学習が求められているのが大きな特徴です。

 現在、農林水産省の各農政局や各都道府県、新聞社や放送局を含む民間団体等では、「食育推進ネットワーク」の組織化や「食と農を考えるセミナー」、「食と地域を考えるセミナー」、「地域に根ざした食育コンクール」などの様々な食育推進事業を展開しています。

〈平成19年度東京都食育推進事業の取組例〉

 平成18年に策定した「東京都食育推進計画」に基づき、産業労働局が関係部署と連携し、食に関する関心を持ち、理解を深めていくためには食が育まれる農林水産物の生産に関する体験活動が重要との認識のもとに、「体験からわかる食」の取組を行っています。

 事業の内容は、◎講師派遣型事業により、土づくりから収穫までの栽培技術や調理加工等の食料生産全般に関する生きた情報を子どもたちに伝える。◎学校外体験型事業により、都内の農地で生産者と交流しながら、本物の農作業を体験したり、収穫物を調理し、会食することなどを通じて、食に対する理解や自然に対する感謝の念を育むとしています。

 平成19年度は「土のちからってすごいよ!」をテーマに各学校の生産体験学習の成果を事例集にまとめ、各学校の参考に供しています。

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(3)グリーンツーリズム推進の取組

 平成20年度から総務省、文部科学省、農林水産省が連携して「子ども農山漁村交流プロジェクト『ふるさと子ども夢学校』」がスタートしました。これは小学校5年生を対象に農山漁村での1週間程度の長期宿泊体験活動を推進する事業です。農林漁業を営む民家などに宿泊し、普段とは異なる生活環境や人間関係の中に身を置き、農業体験などを通じて食の大切さを学ぶとともに様々な体験をすることによって子どもたちの成長を促そうとする運動です。5年後には全国の公立小学校5年生120万人の実施を目指す国家的なプロジェクトとなっています。

 このプロジェクトは小学校5年生を対象とするものですが、私たちは今後、これを拡大し、自己に目覚め、自分の生き方に関心を持ち始める中学生、特に都会の生徒には、ぜひ農山漁村での宿泊体験の機会を持たすようにすることが必要と考えます。なぜならば農山漁村は、命を育む「食」を生産する場であるとともに、その景観や、文化の中に身を置くことによって都会の中でともすると失いがちな季節感や自然の移ろい、そして都会では得られないさまざまな生活文化を「生に」体感することが出来るからです。そこでは生徒に新たな驚きや発見、感動をもたらすと同時に、豊かな自然や人の心に接することにより、心を癒し、自分を深く理解する機会を与え、人間性の涵養に役立つものと考えます。さらには、学校で学習した農林水産業の第1次産業の生産場面を実体験することにより、日本の食についての考えを深め、また自らの職業観を養っていくことになると思います。

 「グリーンツーリズム」とは、緑豊かな農村に滞在し、その地域の自然、文化、人々との交流を通じて心身のリフレッシュを図る余暇活動のことを言います。

 グリーンツーリズムはヨーロッパが発祥の地であり、「美しい村づくり運動」が起源とされています。場を提供する農山漁村の側からは、自分の村に外部から人が来て交流することによって都市と農山漁村の交流が進み、農山漁村の活性化につながります。宿泊を提供する農家等だけでなく、体験活動の協力者、地産地消で地元の郷土料理や特産品等を出す飲食店や販売店なども出現し、人々の交流が広がり、経済的な活性化だけでなく社会的な活性化も期待でき、村おこしに役立ちます。

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 グリーンツーリズムの先進的な取組をしている地域としては、大分県宇佐市の安心院(あじむ)が有名ですが、長野県の飯山市、飯田市、新潟県上越市、岩手県下閉伊郡田野畑村など、積極的な取組を進めている地域も多くなってきています。スキー場のある県や海水浴場のある県では従来から民宿が盛んでしたが、いわゆる農家などへ宿泊させる民家泊については建築基準法や旅館業法、食品衛生法などの規制があり、弾力的な扱いをしている県とそうでない県との扱いに差が出てきています。比較的に積極的な県は長野県、愛媛県、岐阜県、茨城県、宮城県、山口県、島根県、大分県などと聞いていますが、静岡県、山梨県などでも前向きに検討されている模様です。

〈長野県飯田市の取組例〉

 中央・南アルプスに囲まれ、中央を天竜川の流れる南信州。この地域では、平成8年ごろより積極的に教育体験旅行に取組み、学校の宿泊型体験活動を受け入れてきました。平成13年1月に飯田市と近隣町村、民間が出資(資本金2,965万円)して「南信濃観光公社」を開業し、さまざまな体験活動のプログラム開発、農家民泊の受け入れ手配等のコーデイネート、インストラクター講座などを行っています。

 飯田市千栄地区(旧千代村)では、人口減少の進むなか平成10年に初めて千葉県の中学生120人を受け入れ、1軒4名で30軒の農家が協力して宿泊体験活動を手探りの状況から始めました。現在同地区では年間15団体約1,000名を受け入れています。それぞれの家庭で出来ることを、観光農園ではない本物の農業を味わせるということで、野菜や稲だけでなく、乳搾り、果樹の摘果・収穫などその時々の作業体験を実施しています。たった1泊2日であってもそこでの体験は心に深く刻まれ、心のふるさととして残り、その後も訪ねてきたり、交流を深めるケースも多いと言われています。

 受け入れた生徒の中には、先生や大人の言うことを聞かない子、度の過ぎたいたずらをする子、不登校や“うつ”の子どももいて苦労もありますが、ある農家では、「我が家に泊まった子はヒーローにして帰す」という熱い思いで子どもたちに接し、「田舎の力」を信じて頑張っているというお話を伺いました。そして改めて農の大切さ、人との触れ合いの大切さ、老人の生き甲斐、家族が同じ方向を向いていることの大切さなどを実感されているそうです。

 以上、現在進行している3つの事業の展開を見てきましたが、今まさに「農への回帰」「自然への回帰」が大きな潮流となってきています。明日の時代を担っていく子どもたちが大きく豊かに成長し、健

全なものの見方、考え方を身につけていくには、「農の持つ教育力」や「自然の持つ教育力」が大切であることを、いまやっと社会で認識されるようになってきたと言えましょう。ぜひとも、中学校教育に携わる先生方にその意義と時代の流れを深く理解していただき、それぞれの学校教育の中に位置づけて欲しいと思います。

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